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絹川グループ
トップ絹川代表 石川の文化人と語る>2008年7月 北出 不二雄さん
 

絹川代表 石川の文化人と語る

北出 不二雄さん  陶芸家

聞き手●絹川グループ代表取締役社長 絹川善信

それを作ろうともせずともそうなっていくのが面白い

気候風土が私を育てる

絹川 ●先生は陶芸の世界に入られてからもうどのくらい経たれるのでしょうか?

北出 ●始めてからもう70年になりますね。養父北出塔次郎に師事し、私で4代目になります。現在の石川県立工業高等学校の前進の石川県立工業学校に昭和8年頃に入学し、その後、金沢美術工芸専門学校陶磁科に進み、祖父の代からの焼き物の道を進みました。

絹川 ●私も県立工業高校の工業化学を出ていますので大先輩にあたるのですね。

北出 ●そうなんですか。金沢区工業学校から石川県工業高校と何度も改称していますね。私のころは科学は無かったですね。明治20年に創立して、120周年を迎えました。

絹川 ●最近では、九谷も随分変わったと感じます。製作も分業化され生地を初めから作るのではなく、絵付けが主体になってしまっているように思えますが。

北出 ●そうですね。生地つくりの人や絵付けだけの人が増えていますね。どうしても生活するなかでそうなるのでしょう。全てを一人で仕上げる方は少なくなっていますが、やはりそれなりの人は今でも全てを作っていますね。

絹川 ●古九谷の伝統技術を継承されていると聞いていますが、そのあたりのお話しをお聞かせ下さい。

北出 ●九谷の概念では製作はしておりません。私は感じるままに自分独自の作り方をしています。継承となると形や色、素材を同じように引き継いで作るのでしょうが、九谷自体も初めは色々と試行錯誤の中から作ってきて生まれたものですから、そんなに拘らなくてもいいと思います。 色絵を離れず5彩で作るのがそうだとすると私のは違うと思います。作っていく中でおもむくまま、感じるままを表現すればよいです。

絹川 ●それでも一見して九谷を感じる作品ですね。色を見たら九谷だとすぐにわかるというところに大切なものを残されてあるように見させて頂いて、素晴らしいなと思っております。今では色々な土を加えるようになっていますね。

北出 ●ありがとうございます。九谷と言えば概念的にこんなイメージと言うのがありましたが、そうではなくなりました。産地の特色が薄れています。信楽の土は原料が豊富でどこもが自由に使っていますのでそうなりますね。

絹川 ●九谷焼の特徴としてやはり登り窯で焼くのが本流でしたが、最近は登り窯で焼いている九谷の先生というのはほとんどいなくなってしまいましたね。

北出 ●登り窯は人手が必要で時間も掛かりますので、今はないですね。昔は寝ずに焼きましたが、今は電気窯やガス窯を使うことによって短時間で窯焚きが終わります。昔のように窯焚きをしたなというのがなくなってきましたね。

絹川 ●先生の作品は青色を特徴と聞いていますが、実際に作品を拝見してみると孔雀の羽のような、緑を多く感じました。緑色はどのような材質(釉薬の種類)を使われているのですか?

北出 ●上絵の場合は酸化銅になります。銅を還元焼成すると辰砂となり、青から緑、赤までの間の色が銅を使うことによって出るのです。酸化と還元を上手く合わせて、色を表現しています。焼き物で引く華やかな朱と、落ち着きさのある釉薬として、私は銅を好んで使っています。

絹川 ●作品を拝見していると、全てが丸みを帯びているのですが、ある曲面のところが、見方によっては直線に見えるように感じます。作品を作るときには、何かモチーフなどはありますか?

北出 ●何か過去にあった仕事や先輩を目指す考え方を持っていませんでしたから、自分の思ったものを好きなように作ってきました。そういう意味では、私の前にある作品は誰の作品というものに目標はてておらず、現代の作品になっているということですね。私の場合は、自分で前に「座って」、「持って」、「ものを色々と作ってみて」、その時その時の作ろうと思うものを表現しています。気持ちが出てくる感じですね。私は焼き物家に育ったからだと思うのですが、土から学び、土を選んで形を作るということも大事な仕事であると思っているのです。

絹川 ●今日はお忙しいところを時間を割いていただきありがとうございました。九谷文化の真髄をお聴きできたと思います。

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