絹川代表 石川の文化人と語る
前古 孝人さん 野鍛冶職人
繊細な鑿(のみ)さばきに美を表現
−輪島塗を彩どる加飾技法の世界−
「点と線ですべてを描く」
絹川 ● 前古さんがこの道に入られてからどのくらいなのでしょうか?
前古 ● 十八のときからなので、もう三十年ほどになります。
絹川 ● 沈金師になろうと決められたのはいつ頃ですか?
前古 ● 中学3年の高校進学のときにはもう、沈金師になろうと決めていました。私が中学に入る少し前から父がこの仕事を始め、その姿をそばで見て、自分も沈金師になりたいと思うようになりました。沈金師の仕事も、全部父から習い、指導を受けました。
絹川 ● 沈金といえば輪島塗によく使われる技法として有名ですが、やはり素材は輪島塗が一番良いのでしょうか?
前古 ● そうですね。沈金というのは漆面に鑿で絵を彫り込み、そこに金箔や金粉を埋め込んで絵を表す技法です。ある程度の上塗り漆の厚さがないと彫り込むことが出来ません。輪島塗のように上塗りがきちんとされているものでないと彫れないのです。だからと言って、上塗り漆だけがきちんとしていればいいというものでもなく、下地からきっちりと作られているものでないとだめなのです。ですから、他の産地のものではなかなか綺麗なものが出来ません。輪島塗は下地がしっかりしており、何層にも漆が塗られている分、とても丈夫なんです。
絹川 ● 漆面を彫っていかれるとおっしゃいましたが、塗られている漆は何層の厚さまで彫っているのでしょうか?
前古 ● 一番上の一層だけを彫っていきます。それ以上彫ると上塗りの厚みがなくなり、綺麗なものにならなくなってしまうのです。
絹川 ● 沈金に使う鑿は、それぞれの先生方によって独自のものを使っているのですか?
前古 ● 輪島の沈金師の方は基本的な鑿の形は同じ形状ですが、それから自分の使いやすいように削ったりしながら角度や厚みなど変えていきます。人によっては太さが色々だったり、先のアールが極端に丸かったり、平らだったりと個人個人によっていろいろな種類があります。また、その状況に応じ彫りたい線にあわせ、鑿もかえていきます。例えば、一本の同じ太さの線を彫るときでも丸みが違うものを使ったり、この線を彫りたいときはこの鑿を使うとか、この仕事をしたいときはこの鑿にしようなど、いろいろな太さや種類の鑿を使い分けています。力加減や道具の加減で、さまざまな線や点を描くことが出来ます。
絹川 ● それぞれの職の味が、道具にも表れているのですね。彫った絵の中に塗り込んだ金粉や顔料は、塗り込んでしまえばもう落ちないのですか?
前古 ● 塗り込むときには、最初に漆を塗り込み、次に顔料を塗り込んでいくので、漆が接着剤の役割となります。漆が乾いてしまえば絶対に落ちません。洗剤やたわしなどを使って洗っても大丈夫なんです。また、沈金は漆を彫っていきますから、まわりの漆がなくなったときに初めて沈金も消えます。
絹川 ● 沈金の作品はとても長く使っていけるものなのですね。もしも、彫っていく途中で失敗したらどうなるのでしょうか?
前古 ● 最初から作り直しになります。いくら途中まで出来ていても、ちょっと一本線が飛び出た時点でもう失敗になってしまいます。蒔絵は失敗したら消すことが出来ますが、沈金は漆を彫っていきますから消せません。絶対失敗が出来ないのが沈金なんです。

「前古さんが使われている沈金の道具。 どれも年季が入っており、沈金師としての歴史を感じるものばかり。細やかな線と点を彫って作り上げていく。まさに一掘り一掘りが真剣勝負の世界です。」
「輪島塗オリジナルの魚拓パネル」
絹川 ● ちょっと変わった、輪島塗の魚拓パネルをお作りになられているとお聞きしました。もともと魚拓パネルを作り始めるきっかけは何だったのでしょうか?
前古 ● 毎年輪島では「輪島ジキングバトル」という、釣りの大会が開催されていまして、その景品に使いたいので作って欲しいというお話から始まりました。輪島塗らしいもの、輪島の特色が出せて、魚釣りにきた人達が喜んでくれて、記念になるものを作ろうということでした。最初は蒔絵でしたが、もっと輪島の特色やオリジナリティを出したいと言うことで、2作目から沈金でやってみようということになり、作るようになりました。私は魚拓パネルを作り始める前から、趣味で釣りもしていました。他の沈金師さんよりも多少魚を見る機会が多かったので、このようなお話がきたんだと思います。
絹川 ● 実際に魚拓パネルを拝見すると、とても細かく彫られていますね。魚を彫っていくなかで一番難しいところはありますか?
前古 ● 目玉が一番難しいですね。魚の表情となりますから。あとは全体の雰囲気です。いかにその魚の雰囲気が出せるか、リアリティを出せるかというのにこだわっています。同じ黒鯛でも、若い黒鯛と年をとった黒鯛では、目や顔の形など全然違います。資料の写真などから、いかに釣った人の魚に見えるか工夫して作っています。
絹川 ● どんなことを工夫されているのでしょうか?
前古 ● 立体感を出したいときには、色を入れてからもまたその上から彫ったりしています。鱗も一枚一枚全て手で彫り、実際には見えませんが、細かい所にも点や線を施して作っています
絹川 ● 釣りをしているからこそ、魚の独特の雰囲気や細かい表情も読み取れるのですね。今までで一番大きかったものでは、どのくらいの大きさのものをお作りになられたのですか?
前古 ● 一番大きかったものでは1mちょっとのブリでした。98pのヒラメのときもありましたね。釣った魚そのままの原寸サイズでパネルを作っていますので、大きなサイズに合わせて作るのは大変でした。
絹川 ● そこまで大きなサイズだと、実物の魚拓パネルはとても迫力があるんでしょうね。
前古 ● いかにリアルに表現できるかにこだわっていますので、そう思ってもらえれば嬉しいです。この仕事を通じて、昨年輪島でロケが行われた「釣りバカ日誌18」の映画の中で、主人公の浜崎伝助さんが輪島港で釣ったという設定のパネルも作らせていただきました。浜崎さん用に黒鯛を、鈴木社長用に鮎を作りました。この大きいパネルは、全国で行われている釣具屋の展示会などで展示されています。30pをこえる鮎を輪島でも釣れますよ、こんな風に輪島塗の魚拓パネルを作ることが出来ますよという、観光の宣伝用に使われています。同じものを松竹さんのところにも贈らせて頂きました。
絹川 ● それは素敵な宣伝ですね。この魚拓パネルを作り始める前と作り始めてから、何か変化はありましたか?
前古 ● 「輪島ジキングバトル」のホームページを見られた全く知らない方々から、魚拓パネルを作ってほしいと電話がかかってくるようになりました。社長の為に作って欲しいと、ある会社の社員の方々から頼まれたこともあります。自分の釣った魚の写真を持ってきて、作ってくれと言われる事も多くなりましたね。
絹川 ● 前古さんの作る魚拓パネルはとても有名になったんですね。
前古 ● 有り難いことです。「釣りバカ日誌18」の映画の中で、浜崎さんの自宅などに飾られていたら、また輪島のいい宣伝になるだろうなと思います。そしてそれを釣り好きな人が見て、こんな魚拓パネルを欲しいなと思ってもらえたら嬉しいですね。
「輪島塗を生活の一部に」
絹川 ● 今後作ってみたい作品などはありますでしょうか?
前古 ● 家具を作ってみたいですね。あとは、家の中の柱や建具、壁そのものも作ってみたいです。例えば、壁の大きさほどの漆で作った板に模様を彫り込み、はめ込んで一枚の壁になるようなものですね。ちょっとしたところに、輪島塗を生かしていきたいです。普段使うものや生活の中に、輪島塗のものをもっと取り込んでいけたらいいなと思います。
絹川 ● 最後になりましたが、今後の抱負などありましたらお聞かせ下さい。

「三尊仏 額皿」

「みみずく」
