金沢工業大学・石川県金沢市・野々市町の賃貸、不動産売買(新築、一戸建、土地、マンション)なら褐ヲ川商事 無料査定 不動産買取 不動産売却

絹川グループ
トップ絹川代表 石川の文化人と語る>2007年1月 藤間麻衣さん/藤舎眞衣さん
 

絹川代表 石川の文化人と語る

藤間麻衣さん/ 藤舎眞衣さん (日本舞踊宗家藤間流/横笛藤舎流 藤舎流笛方)

聞き手●絹川グループ代表取締役社長 絹川善信

魅力的な舞台を創り、後世に繋いでいきたい

−日本の伝統芸能 −

「母子三代で守る日本舞踊」

絹川 ● 藤間さんは初代藤間勘菊であるお婆様と、二代目勘菊であるお母様と親子三代に渡り、芸の道でご活躍されておられるのですね。日本舞踊と笛はいつから始めていらっしゃるのですか?

藤間 ● 日本舞踊は祖母や母に教えてもらい始めました。初舞台は3歳で、小学校卒業と同時に名執(なとり)をとらせて頂きました。笛は25歳の時からしています。

絹川 ● 笛を習うきっかけは何だったのでしょうか?

藤舎 ● 私の祖母が追善の会の時、中川善雄先生が演奏のために初めて金沢にいらっしゃいまして、その時に吹いてくださった笛の音色にすごく感激したのがきっかけです。翌月に東京の歌舞伎座で舞台があったのですが、そちらでも中川先生が笛をお吹きになっていました。きっとこれは縁だと思いまして、先生に直接笛を習いたいとお話に伺いました。その翌月よりお稽古をつけて頂いております。

絹川 ● 話しは変わりますが、日本舞踊の発祥はいつ頃になるのでしょうか。

藤間 ● 日本舞踊ができたのは、歌舞伎と同じ江戸時代後半くらいからです。私共の流派で言えば、歌舞伎の振り付け師から藤間流が派生したと聞いております。 日本舞踊には三大流派がございまして、若柳・西川・藤間が主な流派になっております。一つ舞うといっても、色んな流派やジャンルがあり、日本舞踊の他に新舞踊やよさこいなどの民謡がある…という風に踊りの分野はとても幅広いんです。

紀祥の会「藤娘」
平成18年6月4日

絹川 ● なるほど。歌舞伎から日本舞踊、日本舞踊から新舞踊、新舞踊から民謡と、踊りのルーツは繋がっているわけですね。 実は私も一度、日本舞踊をたしなんだ経験があるのですが、習い始めた時に中腰のままでは10秒も立っていられませんでした。足腰が強くないとできませんね。

藤間 ● そうですね。日本舞踊は難しいので、膝を折る・据えるなどの基本動作が我慢できる方が少ないように感じます。日本舞踊は中腰の姿勢のままという格好が多いのですが、今のお子さんは椅子に慣れて腰の重心が高いため、膝を曲げて重心を下げるという動作がとても苦しくて、なかなか我慢できないんだと思います。ですから、わっと発散できる新舞踊の方が入りやすいのかもしれません。本格的な古典だと敷居が高いという意識もあって、近付きにくいのかもしれませんね。

絹川 ● 現在お弟子さんをとって教えていらっしゃるのですか?

藤間 ● いいえ、私は助手をさせて頂いています。生徒さんには私ではなく、母が教えております。私自身今は自分のことで精一杯という感じですね(笑)。笛は、金沢市子供素囃子塾と北國新聞文化センターで講師をさせて頂いております。

「世界共通の美と感動」

絹川 ● 藤間さんは一年間にいくつも舞台をされていると思いますが、感動を受けたことや一番思い出に残っている舞台などはございますか?

藤間 ● 最近ではオーストラリアのオペラハウスに日本祭で参加させて頂いたことが一番思い出に残っています。 現地で日本舞踊を踊らせて頂いたのですが、お客様の反応がすごく良くて、いい場面だと大きな拍手があったり帰り際にもお声をかけて下さったり、お客様の温かい気持ちというのがダイレクトに伝わってきました。

絹川 ● 東洋人と西洋人の違いかもしれませんね。西洋人は感情をすごく素直に表現しますから。

藤間 ● そうかもしれないですね。舞台を真剣に観てくださる気持ちは同じだと思いますが、良かったか悪かったか、西洋の方は自分達の気持ちを直球で伝えて下さいますね。 オーストラリアではお客様との繋がりがダイレクトに伝わってくるいい舞台でしたけれども、本格的なステージは、踊っている本人にとっても「こんな夢みたいな舞台で」というところがあって、本当に有り難いです。

絹川 ● どちらも素敵な舞台だと思います。では、藤間さんが踊りや笛をされている時に、楽しかったり辛くなる時というのはどういう時でしょうか。

藤間 ● 楽しい時は、踊りでも笛でも共通して言えることですが拍手を頂いた時です。辛い時は、稽古ができない時です。以前、交通事故で怪我をしたことがありまして、稽古ができなくて舞台が務められなかったのですが、その時はとても悲しかったです。

「伝統を受け継ぐ基盤作り」

絹川 ● 邦楽器とファッションのコラボレーションをされていましたが、非常に面白い企画だと思いました。

藤舎 ● 7月にファッション金沢ウィークの開催目前イベントで「創衣21」という、笛プレファッションウィークを企画しました。自分で作曲した曲を金沢美大生の方に渡して、曲を聴いた発想からドレスを生徒さんに作って頂きました。メイクはプロの方にして頂いて、とても面白い舞台になりました。

絹川 ● 企画するにあたって悩んだ点などはありましたか?

藤舎 ● 普通、邦楽といいますと舞台ステージの演奏のみになりますよね。今回はファッションとの融合ということで、どうしたらいいんだろうと考えました。そこで演奏者自身が客席を歩いて、ファッションモデルのようになったら面白いかなと思いまして。

絹川 ● それは新しい試みですね。

藤舎 ● 新しいことを何か考える時には必ずいい面と悪い面が出てきますが、その中で一つでもいいところが見つかればいいなと思っています。

絹川 ● いろんなものとコラボレーションするのは難しいと思いますが、それぞれの持ち場がしっかりしているからできることですよね。 笛を演奏する際に気をつけていることはありますか?

藤舎 ● 演奏する時は、三味線に合わせた音、歌の方の声に合わせた笛を選ぶように気を付けています。

絹川 ● ということは、何本も笛を持って行き、その場に応じて取り替えるのですね。

藤舎 ● ええ、そうです。調子が決められていても、その前後の音の調子の笛を必ず持って行きます。踊りもそうですが、臨機応変に対応できないといけませんので。

絹川 ● 金沢は公共の場で伝統芸能を観る機会を多く設けていますよね。藤舎さんご自身も、移動教室をしていらっしゃると伺いました。

藤舎 ● 主に金沢市以外を回っていまして、能登から加賀までいたる所に行きます。移動教室は観に来てくださる方を増やすことと、伝統芸能をいろんな方に広く知って頂くことを念頭に年間5、6回ほど小中学生に踊りや邦楽器を見せて回っているんです。参加させて頂いてから今年で16年間ほどになります。 やはり舞台を観てくださって、応援して頂ける方達がいないと、私共は育たないと思います。金沢はそんな基盤があるところなので、私共もずっと続けていけるのだと思います。自分の芸が磨けるのも金沢の土地柄だと思いますし、素晴らしいことだと思っています。

絹川 ● しかし、年々スポンサーが少なくなってきているのも今の現状ではないかと私は感じます。寂しい話ですけれども、それだけ伝統芸能というのは育てにくい環境になってきているのではないでしょうか。

藤舎 ● そのような現状もあるかもしれませんが、逆に私共が応援してあげようと思えるくらい、魅力的な芸をできる人間になりたいですよね。今は人一倍頑張るしかないと思っています。

絹川 ● 芸事には、ここまでいいという線引きがありませんから、生涯勉強・精進あるのみだと思います。これからもご活躍を期待しております。 本日はお忙しい中、ありがとうございました。

株式会社絹川商事 石川県石川郡野々市町住吉9−32  TEL : 076-248-8787